読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

元はただの石ころ

「確かなのは過去でも未来でもなく今」とわかっているけれど、そう簡単に割り切れない奴の日常

【読書感想文】『自殺自由法』(戸梶圭太)

 

自殺自由法 (中公文庫)

自殺自由法 (中公文庫)

 

 

 生物の中で人間だけが自ら命を絶とうとする。昔から死は絶対の恐怖であったはずであり、それは今でも変わっていないだろう。とすれば、その絶対の恐怖をも乗り越えてしまう(もしくは乗り越えさせてしまう)ものは何か。
 生物は、必ずいつか死んでいく・・・・・・どんなに死を拒絶したとしても。それでも、自ら死を選ぶ人たちがこの国には毎年3万人近くいる。そんな現代において、この小説の設定は、徹底的に過激であり、リアルである。自殺を肯定する法律が出来る。それに群がる様々な理由で人生に絶望した人たち。彼らを利用しようとする人たち。そこには計り知れぬ欲望がむき出しになる。
 
 賛否が非常に分かれる小説だと思う。設定はリアルであるが、作者はブラックユーモア的な表現も取り入れており、それを確認する限り、読者はこれが小説なのだとほっと胸をなでおろすことが出来る。もしこの小説に、以上のような表現が存在しなかったとしたら、あまりにリアルすぎて小説としての面白みに欠けていただろう。その面において、この作者は上手い。
 僕個人としては、非常に面白いと思った。ただ、残虐な記述が多いので、ホラー的な要素が苦手な人とか、自殺という言葉を聞くだけで拒否反応を起こす人は読まないほうが懸命だと思う・・・・・・とかここで書いたところで、そもそもそんな人はこの本を手に取ろうともしないだろうから余計なことだろうけど。
 
 例えば、倫理的な面から言っても、この小説にはそんなものは初めから存在しない。あるのは、人間の悪意とか欲望とかいったいやらしく醜い側面である。現代ではそういったものは、出来るだけ排除したり、見て見ぬふりをする傾向が非常に強いけれど、ここまで、ストレートに提示されてしまうと逆に爽快でもある。ただし、これは僕個人の感想であり、万人に共通するとは思えないので注意してほしい。

 この小説は、ある意味非常に問題ではあるのかもしれない。けれど、もし万が一自殺が自由に出来る国になったとしたら、自分はそれでも毎日を生きていられるだろうか、と考える良い機会にはなる。こういうことを書くと、自殺肯定派なのか?と思われるかもしれない。僕としてはそんなつもりは更々ないのだけれど。多分、人は「死」や「自殺」に対し、タブーを感じていると思う。でも、人間がやがて死んでいくのは誰にとっても明らかであるし、自殺に関しても、これまで自ら死を選んだ一人一人の状況を知れば、やむをえなかったと感じる人も少なくないだろう。問題なのはそういうことを話したりすることさえもタブーになっているという世界である。


 「自殺」を肯定するか否定するかという考え方について、究極的には、そのどちら側も一方を完全に否定することは出来ないだろう。それは、これまで自殺をした人たちが誰一人、「その後」のことを話してくれないからでもある(当然のことだが)。けれど、だからといって、安易に「自殺は駄目」というネガティブな評価だけをして安穏と暮らしていて良いとは思えない。肯定、否定どちらの意見も尊重されるべきだし、そういった自由を制限し続けることは逆に不健全ではないだろうか。