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元はただの石ころ

「確かなのは過去でも未来でもなく今」とわかっているけれど、そう簡単に割り切れない奴の日常

「学校へ行く」ということについて

一応、小学校から大学まで行った人間として、一言書いておきたい。

それは、

「学校へ行きたくなかったら行かなくてもいい」ということ。

 

自分は、学校が嫌いだったけれど学校に毎日行った。
不登校にもならず、引きこもりにもならずに。
けれど、できることなら引きこもって一日中、小説を読んでいたかった。
しかしながら、僕にはそんな度胸もなく(当時は本当に聞き分けがいい子で通っていたから)しかたなく学校に行った。

 

あと、逆説的かもしれないけれど、学校は嫌いでもあったが好きでもあった。それは国語の時間。国語では、小説が読める。だから、新学期の始めに教科書が配られた時、真っ先に国語の教科書を開き、小説をチェックした。あと美術も好きだったから、自分としては国語と美術があればよかった。あとは、音楽かな。歌も好きだったので。
というわけで、僕は普通に学校に通ってきたから、大学を卒業するまでは日本の「普通」を地でいく人だったと思う。

 

もう何年も前から言われているけれど、いい大学に入ったっていい会社には入れないし、いい会社に入ったって、いい人生が待っているわけじゃない。

 

結局のところ、どんな環境でだって、その当人が幸せだと感じれば、それは素敵な人生だし、そういった人生を多かれ少なかれ皆夢見て生きているんじゃないだろうか。
だとしたら、もういい加減、学校に行かないのが問題とか、不登校が増えたからどうこうとか、そんなことをいちいちメディアで公表するのは止めた方がいい。

 

学校に行かないことが本当に悪いことか。

30人から40人でひとつの部屋に押し込められて、大して興味もない授業を聞いて(あるいは寝て)過ごす時間に有意義を感じられないことが異常だろうか。

逆じゃないのか。
つまり、こんな状態で教育を受けさせられてそのまま、何の疑問も持たないでいる方がよほど異常じゃないのか。
それを大人は、「なまけるな」とか「甘えるな」とか「学校に行っておかないと将来苦労するぞ」なんて適当なことを言う。そんな言葉が幻想だなんてことは、みんな気づいているくせに。

 

学校に行きたくないのなら行かなくていい。
その選択は、少なくとも僕は間違っていないと思う。
好きなことを
自分がとことん熱中できるものを
好きなだけやってみたらいい。

 

ーーーー
学校に通わなければいけない?
皆と一緒じゃなければいけない?

違うんだ。
違うんだよ。

一緒なんてつまらないじゃないか。
真っ白なキャンバスに白色の絵の具をいくら重ねても、
何も変わらないんだ。
赤でも黄色でも黒でもいいんだ。
自分のカラーを出せばいい。
どうしても自分のカラーが出せないのなら、
この国を抜け出せばいい。

地球は広い。
僕はニュージーランドに一年住んでいたから知っている。
日本国内での常識なんて、本当にちっぽけでくだらないってことを。
僕は新卒で入った会社を3年で辞めたから知っている。
大丈夫、仕事を辞めたってなんとかなるということを。

だから。
日本のつまらない常識に潰されて自分を無くすくらいなら、
学校になんて行かなくていい。

 

自分の、しかも限りがある人生だ。

好きなように生きよう。

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学校って何だろう―教育の社会学入門 (ちくま文庫)

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