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元はただの石ころ

「確かなのは過去でも未来でもなく今」とわかっているけれど、そう簡単に割り切れない奴の日常

ブランコが好き

ブランコをこぐことの面白さに改めて気づいたのは、22歳の元旦にニュージーランドの片田舎で一人ブランコをこいだ時だった。

 

当時、僕はニュージーランドでの語学学校のホリデーを使って、ニュージーランドの南島をバックパックを背負って一人旅していた。田舎なので、何もない。海は近かったけれど、空には分厚い雲がかかり、風も強く、時折、空から如雨露で水をこぼしたみたいに雨が降っていた。


時刻はたしか、午前9時頃。誰もいない公園の片隅にあったブランコに、ふと懐かしい気持ちが沸き起こった。小学生の頃までは実家の近所の公園にあるブランコをこぐことが大好きだった。立ってこいでいると、そのまま一回転してしまうんじゃないだろうか、と感じた。その少し怖いけれど、心臓が高鳴る感覚を味わいたくて、僕は疲れるまでいつまでもブランコをこぎ続けた。

 

僕は自分でも、新年早々何をしているんだろう、と思いながら、ブランコに座った。その衝動を抑えられなかった。ゆっくりと座りながらこいだ。風を切って前後する自分の身体がやがて風と一体になったように感じられ、そのまま、僕はどこかへすっと消えていってしまってもいいと思えるくらいに、気持ちのよい恍惚感が身体をゆったりと巡っていった。

 

けれど、ふと、「二十歳を超えた大人の男が朝っぱらから一人でブランコなんて、職務質問されてもおかしくない」ということに思い当たった。その公園は近くを住宅に囲まれており、住人が出てきて、僕を目撃してもおかしくない。ましてやここはニュージーランドだ。怪しいアジア人の男がブランコをこいでいる、なんて通報されたら説明のしように困る。

 

僕はそっとブランコを降りた。
その間、だれにも気づかれなかったと思う。
足早にブランコから離れた。
乗っていたブランコを振り返ると、まだ微かに揺れていた。

 

これ以降、ブランコって素晴らしい、と思いつつも、なかなか満足にはブランコをこげていない。ブランコというものは、子どもやうら若き乙女が乗るものというイメージがつきまとっているので、大の大人、それもすでにアラサーの男の僕がブランコに乗っていたら、ちょっとアウトだなと自分でも思う。

 

でも、ブランコをこいだ時の心地よさは、他では味わえない。自転車に乗っているときは、ブランコに乗っているときと少し似ているけれど、自転車ではバックできないから、やっぱり違う。僕は自転車に乗るのも好きだが、ブランコ、やっぱりおまえじゃなきゃ駄目なんだ、と常々思う。

 

ああ、どこかにだれからも見つからずに一人こっそりとブランコをこげる場所はないだろうか。冗談半分というよりも本気九割以上で思う今日この頃(クリスマスイブにこんな投稿するなんて、相当病んでるなと思われるかもしれませんね。でも、病んでません、げんきです。ただ温もりは絶賛募集中です、ああ彼女ほしい(笑))。

 

アンパンマン NEW にこにこブランコ

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