元はただの石ころ

「確かなのは過去でも未来でもなく今」とわかっているけれど、そう簡単に割り切れない奴の日常

中学高校と友達が1人もいなかった僕を生かしてくれた本(小説)4選

友達がいない=ダメ人間?

僕は以前にも書いたことがあると思うけれども、中学、高校と友人と呼べる人が一人もいなかった。今は別にそのことに対してどうこう思うような歳ではなくなってしまったけれども、その当時はそれなりに、寂しい思いをしていた。そして皆と仲良くできない自分に対し、非常に強い劣等感を抱いていた。こんな自分はダメ人間だ、生きている価値なんてないのだ、そういうことを日々考えながら過ごしていた。

 

友達がいなくもいい、僕には本がある

しかし僕はそんな超ネガティブ思考を抱えつつも一方で、「友達なんかいなくてもいい、僕には本があるのだから」というひねくれた思考回路を持っていた。今思うと、この考え方があったからこそ、この歳まで生きてこれたのだと思う。これは冗談ではなく本気でそう思っている。それくらい、僕にとって本を読むことはとても大切なことで、生きる上で必要なことなのだ。

 

今も生きるのが辛いとかしんどいとかそういう人に向けて

中学1年生くらいのとき、突然、ふと周りの同学年のクラスメートの思考の低さに嫌気が差した。テレビがどうだ、あの子はかわいいかっこいいそんなことばかり話している。あの子はなんか気持ち悪いから話さないようにしようだとか、臭いから近寄るなとかそういった差別が公然でなくとも陰でまかり通るような世界、それが学校だ。

幼いからこその残酷性というものがあると思うけれど、中学時代は正にそれを肌で感じる日々だった。高校になってもそれは本質的には変わらず、身体も心も成長した分、さらに悪化を辿るように僕には思えた。

そんな世界に生きている人たちが今もいる。今、中学校、高校に通っている人たちがいる。楽しい毎日ではなく、毎日砂を噛むような思いで、必死に過ごしている人たちがいる。そんな人たちに向けて僕はこの記事を真剣に書こうと思う。

 

これを書いているのはこんな人

少し自己紹介をしておくと僕は今年33歳になるおっさんである。これを読んでいる若い人たちは、自分が33歳になったときのことが想像できるだろうか。僕はできなかった。未だに信じられないでもいる。でも、その想像を出来なかった年齢に僕自身、到達してしまった。その不思議さを思う。話が脱線しているので本題に戻そう。

最初に書いたように僕には友達がいなかったから、学校にいる間の休み時間はたいてい、勉強か読書をしていた。そもそも僕は幼い頃から本が大好きだった。といっても、決して科学の本が好きだったとかそういうマジメ君じゃない。僕は、物語が大好きだった。

というわけで、僕は小説をよく読んだ。暇があれば小説を読み漁った。過去の有名な作家の作品ばかりを読んだのではなく、現代作家の現代を舞台にした小説を好んで読んだ。自分の生きている世界と小説の世界の時代が同じだと登場人物に親近感を覚えやすかったからだと思う。そして自分と同じような孤独な登場人物が出てくると、どこかホッとした。だから、生きるのがつらいときは小説の世界に逃げ込んだ。笑ってくれて構わないけれど、今でも僕は小説の世界に逃げ込みながらなんとか毎日をこなしている。

というわけで、前置きがとても長くなってしまったが、友だちがいなくても大丈夫、あなたはそのままできっと大丈夫と思える小説を紹介していこう。

※大まかなストーリーの説明はしているけれど、ネタバレはしないように書いています

 

 さよならブラックバード(景山民夫)

さよならブラックバード (角川文庫)

さよならブラックバード (角川文庫)

 

この本を読んだ時、僕はたしか中学生だったと思う。仮に13歳だと仮定しても、既に20年近くが経過している。けれど、僕はこの本を読んだ時の状況を未だに覚えている。僕は、その日学校を休んでいた。風邪とかその類だったと思うけれど、僕はとにかく学校を休んでこの本を読んでいた。読み進めていくと、不思議な事に身体がどんどん回復に向かっていくような気がした。

内容としては、いじめの仲裁に入った主人公が、今度はいじめられてしまうというもので、いじめの描写はなかなかに陰湿で読むのが辛い。でも、この主人公は決して諦めない。なんとかしようとして奮闘する。その姿勢に当時、とても心を打たれた。生きる勇気をもらえたような、そんな気がした。

いじめについての本なので、僕が考えるいじめについても書いておきたい。いじめはいじめる方が絶対的に悪い。だから、本当ならいじめられたら逃げるが正義だ、と僕は思っている。でも、逃げることができないときもあるから、そういうときに立ち向かうことができる心の強さを持っていたい。物理的な強さ(筋肉をつける)ではなく、精神面での強さ(動じない心。心の中は誰にも何にも侵入されることはない)のことだ。

 

この主人公はいじめられっ子と対峙する。当時の僕にはそんな勇気はなかった。そもそも誰かに話しかける勇気さえなかったのだから当然かもしれない。いじめられている人がいても見て見ぬふりをした。何もせず(というか何もできず)、ただ淡々と日々をこなした。高校でも僕はいつも1人で空気のような存在だった。やっと、自由だと思えたのは大学に入ってからだ。自分から声をかけた結果、数少ないけれども友人ができた。

 

余談だが、伊坂幸太郎の「バイバイ、ブラックバード」という小説があるのだが、この小説と何か関係があるのだろうかと発売当時勘ぐってしまった。どうやらどちらも同名のジャズの曲「Bye Bye Blackbird」が由来のようだ。

 

ピアニシモ(辻仁成) 

ピアニシモ (集英社文庫)

ピアニシモ (集英社文庫)

 

僕はこの本を中学生の頃に読んだ。主人公は正に中学生の男子。僕と同じだ、という共通点から一気に読んだ。

孤独な主人公が、それでも信頼できる人を求める話。10代の心がヒリヒリとするような痛み。誰ともわかり合うことなんてできないという思い。でも、やっぱり誰かを求めてしまうのは、大人になってからでも変わらないから、今読んでもやっぱり心がざわざわとして落ち着かない気分になる。

ちなみにピアニシモというのは「とても弱く」という音楽用語。自分という存在自体がとても弱くて、いつ消えたとしても何も変わらずに世界は動いていくのだろうと、中学生の時、ぼんやりと考えていた。うまく言葉にできないけれども、そういった思い、気持ちが詰まった小説だから、是非、10代の若いときに読んでほしいと思う。

僕はこの本を読んで辻仁成という作家を知り、それ以降、他の小説もほぼ読んできた。この作家は、孤独を否定しない。

孤独にならなくてはわからないことがある。孤独になれば心を豊かにすることができる。僕は今でもこの考え方を持っているが、そのベースとなっているのが辻仁成の小説だと思う。

 

 スカイ・クロラ (森博嗣) 

スカイ・クロラ (中公文庫)

スカイ・クロラ (中公文庫)

 

 孤独を肯定する作家として、もう一人、森博嗣だ。森博嗣といえば、「すべてがFになる」などのミステリ作家として有名かと思う。しかし、このスカイ・クロラは推理小説ではない。僕は「森博嗣はミステリ以外に魅力がある作家」だと思っていて、その中でもこのスカイ・クロラを断トツにおすすめしたい。

この小説を一言で説明してしまえば、永遠に大人になれない子どもたちが戦闘機に乗る話。子どもとは言え永遠に大人になれない子ども達という設定なので、生きることに対して積極的ではなくむしろ消極的。ベクトルが死に向かっている登場人物が多い。

そんな小説をここで紹介するなんて頭がおかしいと思われるかもしれない。けれども、結局のところ生きるということは死に至るまでの過程だ。死を意識した会話、けだるい雰囲気、無常、諦観……そういったものが描かれていることで、逆に僕は死を排除しない姿勢に安心させられた。

死を意識すると生が立ち現れてくる。その典型だと思う。

これは物語だ。誰ともつながっていない、友達がいないと感じる人にこそわかる面白さがこの本にはある。

 

失はれる物語(乙一)

失はれる物語 (角川文庫)

失はれる物語 (角川文庫)

 

 乙一の作品がこれまで、どれだけ多くの孤独な若者たちを救ってきたのかは、計り知れない。特にこの小説では、孤独な登場人物が多い。6つの短編があるが、そのうちの4つを紹介していこうと思う。

 

Calling You

携帯電話を持っていない女子高生が主人公。当然孤独な毎日で、携帯電話が欲しくて頭の中で自分の理想の携帯電話をイメージしながら日々を過ごしている。そしたらある日突然、頭の中に携帯電話の音が鳴って……という話。これだけだと気が変になってしまったの?と思うだろう。もちろん主人公もそう思っている。でも、現実に起きてしまったんだから仕方がないと思っているとある日、またその携帯電話が鳴った。恐る恐る頭の中のイメージで携帯電話を取ってみると声が聞こえてきた。

実際にはあり得ない話だ。でも、あり得ないからこそ夢見てしまう、自分にもこんな出会いがあったら良いなぁと。

 

失はれる物語

交通事故に遭って右腕の人差し指だけ動かせる状態の主人公。感覚自体も右腕の肘から先だけ。目も見えず音も聞こえず喋ることもできない。多分病院のベッドで寝かされている。ある日、主人公の妻が訪れ、彼の腕に触れ、人差し指を動かしてYesかNoかを表現することを提案して……という話。

乙一は「切なさの達人」なんてキャッチフレーズで呼ばれることがあるけれど、この小説を読むとそれがよく分かる。とにかく、切ない話だ。もし自分だったらどう思うだろうか、そういうことを想像すると、切なさに身を引き裂かれるような感覚を覚える。

 

他人の傷を自分に移す(逆も可能)ことができる能力を持つ少年の話。この少年は天使のような澄み切った心を持っている。傷を自分に移せば、その傷は自分の傷になるわけでもちろん痛みも伴う。けれども、その点を気にするでもなく、大切な人を救うために傷を移す。

この物語は、少年の友人の視点で展開されるのだが、その友人が少年に語りかけるような内容のラスト1ページを読んだとき、本当に気持ちが揺さぶられた。

 

しあわせは小猫のかたち

男子大学生が伯父の所有する古い家で一人暮らしを始めるのだが、実はその家では過去に若い女性が亡くなっていた――。

設定だけ読むとホラーのように思えるけれど、そうではなく、切ない感動系の話だ。

主人公の男子大学生は、喋るのが苦手で人と関わりを持つことをできれば避けたいと思うような人物。昔(今もそうだが)の僕にそっくりそのまま当てはまるので、共感しまくりで読んだ。ラスト数ページを読むと、じんわりと生きる力が湧いてくる。

 

自分を励ますための言葉

以前、エッセイか何かで読んだのだが、乙一自身は、自分を励ましたり癒やしたりといった目的で小説を書いていたのだという。というわけで、乙一自身が孤独な一人の若者だったのだ。だからこそ、孤独な若者の描写にはリアリティがあり、共感を生む。

僕自身は、小説ではなく詩を書いて自分を励ましていた。当時、こんな言葉を言ってくれる人がいたらなぁ、という妄想を膨らませて、それを拙いホームページにアップしたりしていた。そのホームページを見た人からは、「とても励まされました、ありがとうございます」なんて言葉を時々もらったが、僕からしてみれば、自分自身を励ます為に書いているに過ぎなかった。

※妙な共通点を勝手に見つけて喜んでいるただの乙一ファンの戯言ということで。

というわけで、辛い時には自分を励ますための言葉を文章にして書き出してみるというのはおすすめ。人は使う言葉によって気持ちをかなり左右される。友だちがいない、孤独な場合、自分を卑下したりする人もいるかもしれないが、それは逆効果だ。自分に甘くしよう。そのままでいいんだ。あなたはそのままできっと素晴らしい。

 

まとめ

ここで紹介した小説は、僕が10代中頃〜20代前半にかけて読んだものの中でもベスト5に入る。今、現在10代の若い人にとってはちょっと古いと感じるかもしれないけれど、読んでみたら面白くて一気読み間違い無しだと思う。もちろん大人でも楽しめる内容だ。

結局のところ、友人がいなくても心を開ける人が一人でもいれば、それでいいと思う。今はそういう人がいないかもしれないけれど、生きていればそういう出会いもきっとある。僕自身、その経験をしてきて、若い頃に生きることを諦めないでよかったと思える今がある。

 

学校が嫌だ、会社が嫌だ、生きるのが嫌だ、とか、色々と不満はあると思う。でもそんな時、そっと寄り添ってくれるのが小説だ。小説はあなたに一切押し付けはしない。ただそこで、あなたが本を開いてくれるのをじっと待っている。

小説の面白さ

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