【前編】あの人は富士宮にいて、僕は東京にいる。
あの人に会いに行く
2月のある日。僕は、有休を利用して高速バスで都内から富士宮に向かっていた。深夜2時に起きたトラック事故の影響からか、東京駅八重洲口発のバスは30分遅れた。乗り込んでみると、9割がお年寄りだ。右も左もお年寄りが座っている。僕の親と同年代か、はたまたそれよりも多少上か。高齢化が進んでいると思ったが、単純に平日だったからだけなのかもしれない。
途中、サービスエリアで休憩して2時間半程で富士宮駅に着いた。ここに来るのは何度目だろうか。僕がここに来る目的は一つしかない。
あの人がここにいるからだ。
あの人との出合い
あの人とは、大学3年の時に出合った。
大学主催の就職活動セミナーに参加した時のこと。面接の練習をするために席が近い人とペアを作った。その相手があの人だった。学部は同じだが学科が違っていたので、僕はあの人のことをそこで初めて認識した。
第一印象は真面目そうな人。それと、控えめだけれどよく通る穏やかな声。その声はあの人の雰囲気に合っていた。
練習が終わった後、面接の講師が言った。
「就職活動は孤独な戦いだから、連絡先を交換して色々と情報交換したらいいと思いますよ」
孤独な戦いってなんだよ、と思いながら僕はあの人と連絡先を交換した。
静岡駅ビルのカフェで
その1週間後、僕たちは静岡駅ビルのカフェにいた。ずいぶんと混んでいたが、一番奥の小さな丸テーブルの席が唯一空いていた。そこでいろいろな話をした。就職活動のことはもちろんだけれど、お互い小説を読むことが好きだと知り、僕は嬉しくて好きな作家を次々と紹介した。その中で大崎善生をお互い好きだということがわかり、こんなこともあるんだなぁと思った。
気がついたら、カフェに入ってから3時間程が経過していた。その間に好きな本や作家以外にも、就活のこと、将来のこと、はたまた過去の出来事、人生についてなどを話した。話してみてわかったのは、あの人と僕は考え方が似ていて、一緒にいてとても気楽で心地よいということだった。
ソウルメイトって知ってる?
就活セミナーで知り合ってから、僕たちは頻繁に会う間柄になった。不思議なことにあの人と話していると、いつまでも話が尽きなかった。
やがて僕はあの人のことを異性として意識するようになった。けれど、あの人には当時好きな人がいた。僕はあの人のことを応援する形で色々と相談に乗り、自分の気持ちを押し殺した。そんなある時、あの人は言った。
「ソウルメイトって知ってる?」
僕は知らなかった。僕がそのソウルメイトかもしれない、と耳元でこっそりと教えてくれた時、うれしかったのに泣きたくなるような気持ちになった。ソウルメイトにはなれても恋人にはなれない、つまりそういうことだとわかったからだ。
ソウルメイト (soulmate, soul mate) は、soul(魂)とmate(伴侶、仲間)を組み合わせた英語の造語で、魂の伴侶のこと。 ーーwikipedia
富士宮にて
話の舞台は富士宮駅に戻る。
きっかけは数年ぶりにもらった彼女からのメールだった。
「お久しぶりです。おげんきですか。今度東京に寄る機会ができたのでもしよかったら会えませんか」
その時は僕の方が仕事が忙しく会うことは叶わなかった。しかし、僕はそのメールをもらってから、あの人のことばかりを思い出していた。そして仕事が一段落した冬のある日。僕はあの人にメールを書いた。
「久しぶり。この前は会えなくてごめんね。仕事がやっと一段落したから今度有休取ろうと思うんだけど、もしよかったら会えないかな?……自分が富士宮に行くから」
*
富士宮駅から歩いて5分ほどの場所に大きなイオンがある。今や地方都市はイオンだらけだ。とても広い敷地内にはスーパーはもちろんフードコートもある。ここに来れば全てが済んでしまう。
そのイオンの駐車場が待ち合わせ場所だった。あの人には車で迎えに来てもらうことになっていた。
前回会ったのは3年くらい前だっただろうか。僕は今年33歳だ。3年前は30歳。あの頃とは髪型も変えたし、歳も取った。僕を見かけても気づかないかもしれない。そんな不安が的中したかのように、約束の時間を過ぎてもあの人はやってこなかった。
15分ほど待った頃、あの人から連絡が来た。家の用事で、30分程遅れるとのこと。僕はもう一度イオンの店内に入り、隅にあるベンチに座った。
30分後、駐車場に行くと、あの人は既にそこで待っていた。あの人を見た瞬間、時間が進むのが急に遅くなった。まるでスローモーションの映像を見ているかのようだった。少女漫画じゃあるまいし何なんだこれは、と苦笑してしまう。あの人は3年前とほぼ同じだった。体型も髪型もそして清潔そうな白を基調とした服装も。
高揚する気持ちを抑えながら助手席に乗り込んだ。
「迎えに来てくれてありがとう」
「ううん、遅くなっちゃってごめんなさい」とあの人は心底申し訳なさそうに言った。そして車をゆっくりと発進させた。
窓の外を流れる風景を見ながら僕は言った。
「なんだか久しぶりすぎて緊張するなぁ」
「そうだね、なんか緊張するね」と、あの人は僕の方を向いて微笑んだ。
驚いたことに、車の後席にはあの人の娘が座っていた。2歳くらいだったかと思うが、とてもおとなしくしている。僕が「こんにちは」と言っても返事はなかった。微笑みながらじっと見つめていると、彼女は困ったように母の方を見た。知らないおじさんが母親の隣に座っているのだ。その事実にどこまで気付いているのか。僕は彼女に対して申し訳無さにかられた。都合のいい考えだけれど、どうか今後僕のことを覚えていませんように、と心からそう願った。
あの人がアルバイトをしているという、とある古民家カフェに寄り、僕は車を降りた。あの人は、まだ家の用事があるらしく、一旦家に帰り娘を置いてまた17時頃にこのカフェに迎えに来てくれると言った。忙しい合間を縫って会ってもらうのだ。また申し訳無さが生まれる。
古民家カフェで
僕はコーヒーを飲んだ。古民家ではあるが、きれいにリノベーションされている。僕は一人だったが、空いていたので奥の座敷に通された。そこには縦1.5メートル、横3メートルほどの大きな窓があった。
天気が良ければ富士山も見えるというが、残念ながらその日は曇っていて見えなかった。しかしながら、手前に水田が広がり、その周囲にポツポツと民家があるその景色はよくある田舎の風景そのもので自分の故郷とは違うのに郷愁を覚えた。
8人程は収まりそうな大きな木のテーブルを前に一人で座る。なんとなく居心地が悪い。けれど、それは僕の自意識過剰からくるものだとわかっていたので、窓の外の景色に意識を集中する。音量を抑えたジャズをBGMにして飲むコーヒーはとても美味しかった。
何もせずにただ田園が広がる景色を眺め、コーヒーを飲む。東京に住んでいると、こんなにも開けた場所の景色を見ることはあまりない。もちろん、広い公園などに行けばそういった景色に出会うことはできる。しかし、自分からその場所に向かわなくてはならない。田舎では、これが日常なのだ。
僕はしばし、景色を眺めた後、持ってきていた小説を読んだ。いつの間にか夢中になり気がつけば17時少し前となっていた。会計を済ませて、店を出る。
再会
あの人はすぐにやってきた。僕が助手席に乗り込むと、車はゆっくりと発進した。
「夕食、何か食べたいものありますか」
あの人は基本的に丁寧な言葉で僕に話しかける。年齢は僕の方が一つ上なだけなのに、律儀にそれを意識して話しかけてくる。その真面目さに毎回好感を持つ。
「なんでもいいよ」と僕は答えた。
いつもそうだ。選択を避けていつも周囲の人を困らせる。自分でももっと決断力をつけるべきだし主体的になるべきだと常々思っているが、気がつくとすぐに「なんでもいいよ」という言葉で逃げてしまう。情けない。
「じゃあたまに行く居酒屋でもいいですか。雰囲気が結構良いところなの」
もちろん僕はその案に賛成し、その居酒屋に行くことになった。行ってみると個室風の部屋がいくつもあり、そのうちの一つをわざわざ予約して席を取っておいてくれたとのことだった。扉を閉めるとほぼ密室なので、胸の鼓動が少し早くなった。
そこで僕らは色んな話をした。あの人は車を運転するので、お酒は飲めない。僕だけがビール、サワー、焼酎と一通り飲み、勝手に愉快になり饒舌に喋った。
気がつくとそこには大学のあの日、カフェで話したあの人と僕がいた。これは大げさなのかもしれないし、ただの希望的観測なのかもしれない。でも、僕とあの人はいつもこんな感じだ。たとえ数年間会っていなくても、会ってしまえばやっぱり僕たちはあの頃の大学生のあの瞬間に戻っていく。
*続く
※8割ノンフィクション、2割フィクションの物語
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