【読書感想文】『天国旅行』(三浦しをん)
天国って本当にあるんだろうか。漠然と楽園のようなイメージを持っている場所。そこへ旅行するんだからきっとハッピーな小説に違いない。そんな気軽な気持ちで手に取ったが、見事に裏切られた。
テーマは心中
この小説のテーマは、心中。
短編集のため、それぞれの話に関連はないけれど、自ら死に向かう人達が主な登場人物だ。うん、これは極めて重い。でも、こういう重い内容をそれでもぐいぐい読ませてくれるのが三浦しをんという作家だと思う。先が読みたくてほぼ一気読みした。
死ぬこと、は、生きること。
これまで何度も何度も僕は考えた。意識があれば生きているのか、では意識とは何か、思考か、それを生み出しているのは脳か、脳とは何か。他には、存在とは何か、原子か、その集合なのか、ではその集合でなぜ生きているのか、なぜ死んでいくのか、そもそもなぜ生まれてきたのか、なぜなぜなぜ……。
終わることのない「なぜ」が次から次へと思考を埋めていき、やがてオーバーフローして停止(諦めて考えるのを止める)。その繰り返しだった。これは10代の頃の話。
先日、33歳になった今はもう「なぜ」という問いの渦巻きの中に自ら入ることはしない。結局のところ、そんなことは考えてもどうしようもないことだし、答えがわかったからといって何かが変わるわけでもない。
人はいつか必ず死んでいくのだから、今は限りある時間を大切に過ごしたいと思っている。
答えはそれぞれの人の心の中
この小説では自ら死を選び取る(または選ぼうとする)人たちばかりが登場する。彼らは皆それぞれ、相応の悩みを抱えている。つまり、「生きること」よりも「死ぬこと」が魅力に思えてしまうほど辛い今の現実世界を生きている。
でも、死ぬことだって簡単なことじゃない。生きるにも辛い、死ぬにも辛い、そんな苦しみの中、一体どうすればいいのだろうか。
わからない。
答えはきっとそれぞれの人の心の中にある。
極めて個人的な問題
最近はあまり聞かないけれども、自殺する人はメンタルが弱いとか、勝手なことを述べる人がたまにいる。けれど本当の苦しみは、痛みは、その当人にしかわからないはずだ。だから、たとえ家族だったとしても、親だって子どもだって互いに分かり合えることなんてないし、そう思っていたらちょっと注意した方がいい。
もちろん自分の大切な人が自殺したら僕は悲しいと思う。一線を越える前に何かできなかったのか、と悔やむと思う。でも、もし自分が自殺する側だとして、そういったことは、考えてほしくない。いくら親しくても、他人なのだから。もし自殺するとしたらそれは極めて個人的な自分自身の問題なのだから。
※この短編では親子心中で一人だけ生き残った子どもが主人公となっている作品があるが、これは個人の問題を家族全員の問題としてしまっているため、最悪だと思う。この主人公はなぜ自分だけが生き残ったのかを悩み、苦しむ。それにより、生き方までもどこかいびつなものとなってしまう。死ぬなら一人で死ねばいい。いくら家族であれ他者を巻き込むなと思う。
はっきりとした終わりがない
どの短編もそうなのだけれど、読み終えてもはっきりとした終わりが示されない。え、この先どうなるの?というところで終わる。こういう形式は、白黒つけてほしい、という人にとってはちょっと消化不良でもやもやするかもしれない。僕自身も読了後、もやもやを抱えた。でも、きっとこれで良いんだと思う。時は止まらない。誰かが死んでも生まれても、今この瞬間も時は進む。だから短編のそれぞれの世界の中も終わりがないのだ。続く未来を示唆しているのだと僕は感じた。
重いけれど、面白くて一気読みできる良い小説。