元はただの石ころ

「確かなのは過去でも未来でもなく今」とわかっているけれど、そう簡単に割り切れない奴の日常

【即興小説】あの日

あの日。

君が生まれた日は、3月の終わりのとてもあたたかな春の日の朝で。

僕は35歳だった。

海の近くにある小さな病院で君は生まれた。

外の波の音が聞こえてくる病室で

予想よりも高い声で泣く君は

予想以上に小さくて華奢で

触れたら壊れてしまいそうで

ただ写真をそっと3枚撮った。

感動で泣いてしまうのかと思っていたけれど、

実際には泣くどころか僕にあったのは

戸惑い、そして不安だった。

こんなこと書くと君のお母さんに

叱られるかもしれないけれど、

君をこれからきちんと育てていけるのだろうか、

ということを思っていた。

それにこんな時代に生まれてしまった君のことが

心配だったんだ。

でも君は僕が恐る恐る差し出した指を

驚くほどの強い力で握った。

そして甲高い声で泣いた。

言葉にならない声がなぜだか

大丈夫、と言っているような気がした。

こんなに小さな君が

僕を励ましてくれたのだと思い、

僕はようやく君の本当に小さな手を

そっと握り返した。